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広島高等裁判所 平成9年(く)39号 決定 1997年9月18日

少年 D・I(昭和53.12.4生)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は、附添人弁護士○○作成の抗告申立書に記載されているとおりであるから、これを引用する。

論旨は要するに、少年は、既に婚姻しており、妻及び零歳児の長男を扶養しなければならず、長男の日常の養育にも少年の手助けが必要であること、少年の性格的弱点を克服し、一家の支柱としての自覚を養うには、妻と一体となって互いに心身ともに相助け合いながら現実に家族の生活を営ませるのが最も適切であること、成人であれば、同種事案については刑の執行が猶予されるのが実状であり、少年も既に婚姻していて、成人と実質的には同等に扱われるべきであること等から、少年に対しては、一旦試験観察に付して更生の見込みを実際に試してみるか、さもなければ、法律上は少年院送致より不利益処分とはいえ、現実的には検察官送致をするのが相当であるのに、少年を中等少年院に送致した原決定は、その処分が著しく不当であるから、これを破棄して原裁判所に差し戻すことを求める、とういうのである。

そこで、一件記録を調査して検討する。

1  本件は、少年が、いずれも肩書住居地の少年の自宅において、(1)Aと共謀の上、平成9年6月2日午後10時前ころ、覚せい剤約0.03グラムを水溶液にして同人の左腕に注射してやり、(2)同日時ころ、覚せい剤若干量を水溶液にして自己の身体に注射し、(3)同年7月4日午後9時ころ、覚せい剤約0.04グラムを水溶液にして自己の左腕に注射し、もってそれぞれ覚せい剤を使用したという事案である。

2  そこで、先ず、本件に至るまでの少年の生活歴及び非行の経過をみるに、少年は、幼少時実母が死亡し、実父とは全く交渉がないまま、養父母である母方祖父母(なお、養父すなわち祖父は平成8年9月に死亡した。)に養育されてきたところ、中学2年生のころから非行に走るようになり、中学3年時の平成5年9月1日窃盗、占有離脱物横領、道路交通法違反、毒物及び劇物取締法違反の非行により保護観察に、中学を卒業した平成6年3月25日窃盗、毒物及び劇物取締法違反の非行により初等少年院(一般短期処遇)送致に各処せられ、平成6年8月30日右少年院を仮退院した。そして、鳶職等として稼動し、平成7年6月ころからは養父母の許を離れて、別の場所で現在の妻と同居し自活生活を始めたが、同年10月ころから暴走族に入り、副総長として活動し、暴走行為(共同危険行為)や自動二輪車の無免許運転の非行により平成8年8月7日に保護観察に付された。その後、暴走族仲間との付き合いを止めたものの、定職に就かず、日雇人夫として稼働する一方、前記少年院送致の原因となった非行の際の共犯少年Bとの交遊を再開し、同年11月ころ、同人が覚せい剤を使用していることを知り、興味本位から覚せい剤の使用を始め、以後、Bら覚せい剤仲間と交遊するなかで、多数回にわたり、養母から金を無心するなどして自ら密売人から覚せい剤を買い、単独で或いは右仲間らと身体に注射して使用し、本件各非行に至ったものである。この間、少年は、平成9年2月に妻が妊娠していることを知り、同年4月ころから法面工として稼働し始め、同年4月16日婚姻届を出し、同年5月22日には長男が出生した。しかし、(1)及び(2)の覚せい剤使用の後、AやBらが警察に逮捕されて少年の家に来なくなり、仕事も途切れがちで、繁華街に遊びに出かけたりするうち、少年の生活態度を責めると妻との諍いが生じ、そのイライラを解消するために(3)の覚せい剤使用に及んだものである。

3  右のとおり、少年は、中学2年生のころからシンナーを吸入し、平成8年11月ころからは覚せい剤を使用するようになり、その態様も自ら密売人から覚せい剤を購入して多数回にわたって使用するなど悪質で、幻覚症状も経験するなど有害薬物依存の根は深いものがあり、現在の妻が妊娠していることを知った後、更には婚姻した後にも、覚せい剤使用を繰り返しており、家庭及び家族を持ったことが歯止めになっていない。少年は、未だ遊び志向が強く、鑑別結果通知書によれば、少年は、それなりに家族に対する責任を自覚し、仕事をしなければならないとの思いも芽生えているが、一方では、妻子を養う負担に負われる現状から逃避するために薬物に依存する側面のあることが指摘されている。なお、少年の妻は、今後は責任をもって少年を監督し、仲良く暮らしていきたい旨述べているが、右に述べた少年のこれまでの生活並びに覚せい剤使用の状況等に照らすと、妻の監督にも限度があると言わなければならず、また、高齢の養母に少年の指導監護を求めることにも無理がある。

このような、少年の情況に徴すると、今後の交遊関係や生活状況によっては、再び覚せい剤使用に及ぶおそれも否定できない。したがって、少年が施設に収容されれば、妻子の生活が苦しくなるであろうことを考慮しても、この際、施設において徹底した薬害教育を行い、薬物依存を絶ち、社会人及び父親としてあるべき姿を自覚させ、今後の自立生活の礎を築くことが、長い目で見れば適切である。

以上に述べたところによれば、所論が主張するような試験観察による在宅指導の枠組みによっては、到底少年の薬物依存等の問題点が改善矯正される見込みに乏しいとみざるを得ないし、検察官送致の処分が相当とも認められない。その他、所論が縷々主張する諸点を考慮しても、右結論を左右するものはない。論旨は理由がない。

よって、少年を中等少年院に送致した原決定の処分に著しい不当はなく、本件抗告は理由がないから、少年法33条1項後段、少年審判規則50条により、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 荒木恒平 裁判官 松野勉 大善文男)

〔参考1〕 抗告申立書

広島高等裁判所 御中

抗告申立書

少年D・I

上記少年に対する覚せい剤取締法違反保護事件(原審広島家庭裁判所呉支部平成9年少第314号)につき、同裁判所が平成9年8月12日行った、中等少年院送致の決定には、不服があるので抗告を申し立てる。

平成9年8月22日

附添人○○

抗告の趣旨

原決定を取り消し、本件を広島家庭裁判所呉支部に差し戻すとの決定を求める。

抗告の理由

1 原決定には、処分の著しい不当が存する。

すなわち、原決定が少年を中等少年院送致と決定したのは、以下に述べるとおり、処分の選択を著しく誤った不当なものである。

(1) 少年法は、「20歳に満たない者」を「少年」として、一律にその適用対象と定めるとともに(2条1項)、「少年に対して法律上監護教育の義務ある者及び監護する者」を「保護者」と定め(2条2項)、少年に関する各種の権利義務を定めるところ(6条2項、10条等。なお、32条は「法定代理人」の存在を前提としている。)、他方において、民法は、満20歳に満たない者でも婚姻により成年に達したものとみなす旨を定めることから(753条)、本件少年のように婚姻した少年については、民法上の親権の終了により、少年が禁治産宣告を受けた等の特別の場合を除いて、「少年に対して法律上監護教育の義務ある者」はおよそ存在せず、「現に監護する者」もとくに存在しない場合には、結局、「保護者」が存在しないことになる(前記「法定代理人」もまたおよそ存在しない。)。その結果、そのような少年については、刑事手続においては弁護人選任を認められている配偶者、直系の親族及び兄弟姉妹も含めて(刑訴法30条2項)、少年本人以外の者には附添人選任が一切認められないことになる。こうしたことは、少年法が、本件のような既婚の少年を本来的には想定していないことを示していると言わざるを得ない。

さらに、少年法は、本件のように少年が妻子を扶養している場合をも想定していないと思われる。すなわち、そうした少年に対する処分を決定するにあたっては、少年本人の要保護性のみでなく、扶養家族の生計維持の必要性等が「情状」として考慮される必要があるところ、少年法の定める保護処分(24条1項各号)はいずれももっぱら少年本人の要保護性に基づいて選択されるものに他ならないのである。

そこで、本件のような扶養家族を有する既婚少年について、もっぱら少年本人の要保護性に照らせば保護観察を選択することは困難であり少年院送致を相当とするものの、扶養家族の生計維持の必要性等の「情状」を考慮すれば少年の身柄拘束を猶予するのが相当である場合には、「情状に照らして刑事処分を相当と認める」ものとして直ちに検察官に送致するか(少年法20条)、あるいは当面試験観察によって経過をみた上で、そのまま無事に20歳に達したときには年齢超過として検察官に送致し(少年法23条3項、19条2項)、その前に問題を生じたときにはその時点で直ちに少年院送致とする等の方法を選沢すべきであり、本件少年についても、保護観察を選択し得ないならば、上記2者のいずれかを選択するのが至当である。

たしかに少年本人に対する処分自体としては、刑事処分(執行猶予付きとはいえ懲役刑)は少年保護処分(少年院送致)よりも形式上重いものではあるが、既婚少年については、未成年といえども婚姻した以上、相当程度に成熟したものとみられ、親権者や後見人の干渉を受けるのは相当でないものとして、民事上独立した社会の構成単位として取り扱われるのであり、まして扶養家族を擁する立場にある以上は、扶養家族の利益のために形式上より重い処分を課せられることも止むを得ないものと言うべきである。

逆に扶養家族の側からみた場合、同じ犯罪行為(たとえば本件のような覚せい剤使用)について、行為者が成年の場合(たとえば本件少年の共犯者であったC)には懲役刑とはいってもその執行を猶予されるのに対し、本件少年のように未成年の場合には少年院送致によって長期間にわたり身柄を拘束され、少なくとも扶養家族にとっては成年の場合よりも実質的に不利益な処分を課せられるというのは、著しく不均衡・不合理である。

(2) 原審裁判所は、本件少年が少年院に収容されている相当期間の扶養家族の生計について、生活保護等によって維持され得るものと考えたかも知れないが、現実はそれほど容易ではない。

すなわち、まず、現在居住している借家では家賃が高額(月額5万6000円)であることから、少年の妻としては、生活保護により生計を維持するためには、より低額賃料の借家に転居する必要があるところ、その場合、公営・民間を問わず、借家契約には資力のある連帯保証人を要するところ、父母との交流を絶っている少年の妻にはそれが困難である。

また、生活保護を受けるためには、他に資力を有する扶養義務者が存在しないか否かを厳しく審査されるところ、少年の妻には、事情があって交流を絶っているとはいうものの、いまだ父母が健在であり、保護が認められるのは必ずしも容易ではない上に、離婚後すでに再婚してそれぞれ家庭を有している父母のもとに調査が持ち込まれるのは少年の妻としては誠に忍びなく、甚だ不本意なことである。

さらに、単に経済的な生計の維持とは別に、0歳児である長男を少年の妻が一人で養育するのは、とりわけ沐浴等において物理的にも相当な困難を伴うことであり、父親である少年の手が是非とも必要である。

(3) 少年が少年院において相当期間にわたり教育・矯正されることによって、一家の支柱として自覚を形成することが、長期的にみれば少年のみならず扶養家族にとっても有益であるなどというのは、少なくとも扶養家族の切迫した現実の前では、単なる建前論でしかない。少年法が如何に高い理想を掲げても、家庭裁判所や少年院等を含めた国家や社会が少年やその家族に対し処遇後の結果についてまで引き続き後見的に責任を負う仕組みにはなっていないという現実が存在するからである。したがって、一般に少年及びその家族にとって、少年院送致は「保護」「矯正」という建前に名を借りた「制裁」「隔離」としてしか受け止められていないのが現実であり(本件少年についても、「保護」「矯正」であるはずの前回の少年院送致そのものが覚せい剤使用開始の契機となっている。)、少年審判が、そうした現実離れの理想主義と健全論に終始していることは、大人のように建前と本音を使い分けることをしない純粋な少年たちに対して、到底その心を捉えることができないばかりか、却って少年審判への、ひいては大人社会全体への信頼を失わせていることを認識しなければならない。

そうした意味で、本件における処分の選択は、少年及びその妻の少年審判に対する信頼を回復するためにも、彼らにとって理解困難な「建前」でなく、率直な「本音」の言葉によって説明されるものでなければならない。

そもそも、一家の支柱としての自覚というものは、抽象的な教育などによって形成されることは絶対にあり得ず、現実に幼子の顔を見ながら家族とともに生活する中で初めて形成され得るものに他ならない。本件少年について言えば、たしかに本件非行当時にはいまだ右自覚に乏しかったかも知れないが、現実に長男が出生して、まさにこれからがそうした自覚の形成されるべき重要な時期であり、現在すでにその萌芽は十分に窺われるのである。原決定は、現時点の本件少年について、いまだ一家の支柱として妻子を扶養していくだけの成長が認められないものと決め付けているように見受けられるが、実際に、結婚・子供の出生といった環境の変化の中でこそ、少年は急速な精神的成長を遂げて大人(夫・父親)となるのである。原決定は、この貴重な時期に少年を家族から引き離して一体何を「教育」しようというのか全く疑問である。むしろ、それは、結果的に少年と妻子とを決定的に離反させ、少年の長男に少年自身と同じ不幸を、さらには少年の妻に少年の実母と同じ不幸を背負わせるという最悪の悲劇を招きかねない。

(4) 原決定は、本件少年の薬物依存からの矯正を重視したものと考えられるところ、たしかに社会防衛とともに少年自身及びその家族の将来を考慮した場合、その重要性を否定するつもりはないが、本件少年の依存の程度は同種事犯としてはいまださほど高いものとは認められず、成年の場合には同程度の依存性がみられる事案でも懲役刑の執行が猶予されている現実に照らせば、少年であるが故に扶養家族を犠牲にしてまで施設に収容して矯正を図らなければならない理由は説明がつかない。

むしろ、現在の本件少年にとって、少年院収容は、その間の「隔離」という物理的効果はともかく、建前論による「教育」的効果はさほど期待できず、それよりも、打算的に割り切って、懲役刑の執行猶予の取消による刑務所服役の恐怖という「心理的強制」の方が、単純明快でより本音に近く、よほど効果を期待できると言える。

なお、少年及び家族は、少年の従前の交遊関係を絶って覚せい剤依存から脱却するためであれば、他所への転居も現在検討している。

(5) なお、本件少年が幼少時から甘やかされて育ったことにより、性格的に忍耐力や主体性が幾分乏しいことは否定しないが、それは、実父母がいなかったことから養父母が甘やかして育てたためとみられるところ、そのことが、少年自身の責任でないのはもちろんのこと、養父母にとっても、当時の事情に照らせば、少年を不憫に思うあまり厳しく育てることができなかったのは無理からぬことであって、結局のところ、右のような少年の性格形成について他人が少年本人や養父母を非難することは軽々にできるものではないと言わなければならない。

また、少年が中学校時代に右出生の真実を知らされて、精神的動揺から現実逃避的な非行に陥ったことも否定しないが、それもまた、当時の少年の気持ちとしては十分理解できるところである。

こうした少年の性格的な弱さを克服することが少年の将来のために必要なことは否定しないが、それは、少年自身にとっても、一旦形成された性格を変えるのは容易なことでなく、と言って、少年院での教育・矯正によって外的になし得るほど単純なものでもない。

それは、実際には、少年の弱さ自体をまずは理解して受け入れた上で少年と一緒になって克服してくれる身近な人間によってしかなし得ないことであって、現在の本件少年について、それができる者は、妻以外にはあり得ないし、若年とは言え実に気丈であり、自らも逆境を経験して少年の境遇を理解する心を持ち、いまだ少年と精神的に強く結び付いている妻には、十分それを期待し得るのである(本件非行においても、少年は、常に妻の目を気にしていたとおり、少年に対する妻の影響力は相当のものがある。)。原決定が、そうした妻から少年を切り離す選択をしたことは、到底理解し難いものと言わざるを得ない。

2 以上により、原決定は、少年の扶養家族の実情を度外視した著しく不当なものであり、取り消される以外にないものと確信するところ、その実情により、取消までの間も、一日で早くも少年を稼働させるために、原決定の執行は直ちにこれを停止されるべきである。

〔参考2〕 原審(広島家呉支 平9(少)314号 平9.8.12決定)

〔参考3〕 司法警察員作成の少年事件送致書記載の犯罪事実

(平成9年7月8日付け)

被疑者D・Iは

1 Aと共謀の上、法定の除外事由がないのに、平成9年6月2日午後10時まえころ、呉市○○×丁目×番××-×××号○○ビルの自宅において、フェニルメチルアミノプロパン塩酸塩を含有する覚せい剤結晶粉末約0.03グラムを水溶液にして同人の左腕に注射してやり、

2 法定の除外事由がないのに、平成9年6月2日午後10時まえころ、呉市○○×丁目×番××-×××号○○ビルの自宅において、フェニルメチルアミノプロパン塩酸塩を含有する覚せい剤結晶粉末若干を水溶液にして自己の身体に注射し、

もって覚せい剤を使用したものである。

(平成9年7月15日付け)

被疑者は、法定の除外事由がないのに、平成9年7月4日午後9時ころ、呉市○○×丁目×番××-×××号○○ビルの自宅において、フェニルメチルアミノプロパン塩酸塩を含有する覚せい剤結晶粉末約0.04グラムを水溶液にして自己の左腕に注射し、もって覚せい剤を使用したものである。

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